「付き合い残業」とストレスフリーで「付き合う」方法

どうも、僕です。

あなたは「付き合い残業」でとても辛い思いをされたこと、ありませんか?

かくいう僕も、伝統的な銀行員だった20代の頃は付き合い残業というものに対して「なぜこんな文化があるんだ!」「みんな早く帰ればいいのに…」とか思ってストレスを抱えたことがありました

「他人は変えられない。だったら自分が変わろう」と思ってから、30代になる頃には付き合いまた付き合い残業そのものも格段に減り、かつ付き合い残業に対したストレスを感じなくなりました。

具体的にどう向き合ったのか。同じ悩みを持つあなたの解決に繋がればと思い、ご紹介させて頂きます。

「脱!付き合い残業」が本当に正しいか

僕は「付き合い残業は正しい選択肢」と考えています。

「なんでやねん!」「ドMが!」「社畜が!!」とか聞こえてきそうですが、本気でそう考えています。もちろん僕だって嫌いですよ、付き合い残業。ですが金融マンの特性かもしれませんが、「好きか嫌いか」ではなく「有利か不利か」を判断基準とするからです。

「空気を読めない奴」と認識されれば評価は下がり、かつ人間関係も悪くなります。

とはいうものの、だからといって付き合い残業が常態化し、自分がそれに巻き込まれることは不幸でしかありません僕は付き合い残業はできる限りはしないに越したことはないと考え、行動しました。結果、冒頭でお伝えした通り今では付き合い残業は格段に減っています。それは「信用」を積み重ねた結果、僕は「やる気がなくて早々に帰っているのではない」ということを周りに認識してもらっているからです。

「『そういう奴』というキャラクター作り」、「人間関係の構築」、そして「無意味な時間を有意義な時間に変える努力」がストレスフリーな向き合い方の結論です。

退職理由の約半分は「人間関係」

ところで、退職の理由の50%が身近な人間関係に起因するものであることはご存知でしょうか。給与等の待遇ももちろん大きな理由ではあるのですが、やはり「その人にとっての居心地の良さ」を得られているかどうかが大きな分かれ道のようです。退職のきっかけ等についてはリクナビNEXTの関連記事を参照してみて下さい。

参考 転職・退職を決断するきっかけとは?リクナビNEXT

いずれにしても組織で働きたいのであれば上手く付き合っていくことが必要ですし、別に組織に頼らないでかまわない人はこうした無駄はスパッと切り捨てることができます僕は組織に属しているほうが有利だし自分の性にあっていると考えたため、うまく付き合う方法を検討し実践しています。

組織で働くということのメリットとデメリット

一言でいうと「自分が主体か否か」です。当たり前ですよね。主語が「組織」となるか「自分」となるかがメリットでありデメリットです。自分が主体であれば何でも思い通りにできますが、組織が主体だと意見を通すのに相応の努力が必要です。一応、まとめると次の通りです。

究極的には自分が居なくても良い

まずは自分の存在はちっぽけなものであることを再認識しましょう。組織には複数の人員が集まって、それぞれの強みと弱みを補完しあって成立しています。さみしい話ですが「別に自分がいなくても仕事は回る」のが現実です。仮にあなたがある組織でエースとして活躍されているとしましょう。それでも多くの場合は、あなたがいなくなってもなんとかなります。もちろん短期的には業績は傾く可能性は高いですが、それはそれで何とかなってしまうものです。この場合、組織は「より良くなる」とか「より悪くなる」とかではなく「あるべき姿に収斂していく」という意味です。

個人でリスクを負う必要がない

自分の存在がちっぽけなものであるからこそ、個人でリスクを負う必要もありません。感情的な「責任感」に起因するものはあると思いますが、それは置いておきましょう。業務上の多少の失敗は組織の信用力がなんとかしてくれますし、最悪の場合で会社が深刻なダメージを負ったとしても個人として責任をとる(=株主に賠償する)必要はありません。(法に反するような行為や過失や背任行為をしていない前提で)

ファンドの運用者とかその典型ですよね。他人から集めた資金で運用し、説明責任はあれども結果は投資家が負うもの。期間中の管理料等は運用成績に関わらず得ることができます。もちろん明らかな悪意を持って損失を与えることは論外です。そしてそのファンドを提案した金融マンも賠償する責任は生じません。

僕はこうした「組織が守ってくれる」や「失敗は組織が助けてくれる」ということを考える際に、「島耕作」のエピソードを思い出します。うろ覚えですが、海外から赴任してきたボンボンの教育を島耕作が任命される。いちいちごもっともな部下の正論の前に苦慮するが、彼がとある失敗をしてしまう。それをみんなでカバーしてやり遂げる系のエピソードです。

MEMO
ヤング島耕作 主任編 第一巻のエピソードです

まぁそれがすべてとはいいませんが、こうしたメリットがあるよな、という程度で。

付き合い残業から解放されるために必要なこと

付き合い残業から解放されるために必要なものはとても明快。「信用」です。早い話が「こいつは貢献してくれている」と上司や先輩、同僚に「思ってもらう」ことです。自分でそう思うのではありません。これが「信用」です。

「そういう奴」というキャラクター性

「キャラクター性」もとても大切です。例えば「日頃から生意気で言うことを聞かないクセに『お先に失礼しまーす』と定時に帰るA君」にどんなキャラクター性を感じますか?逆に「普段から他人が嫌がることを率先してやってくれるけれど『お先に失礼しまーす』と定時に帰るB君」にはいかがでしょうか。特に意識はしていませんが、僕の文体からも前者は「クセに」という表現が使われ、後者は「けれど」と若干マイルドな表現となっています。これがA君とB君の「信用力の差」です。

円満な人間関係の構築

上記の「生意気で自分勝手な印象のA君」と「自主的に手伝ってくれる印象のB君」で考えてみましょう。あなたが彼らの上司・先輩・同僚だったとしたら「助けてあげたい」と考えるのはどちらでしょうか。心理学的にも「単純接触の原理」とやらがあったと思いますが、B君に好感を持つのが一般的かと思います。

自分で「有意義な時間」に変換する

付き合い残業がやむを得ない場合であっても、文字通りダラダラしてはいけません。あなたの嫌いな方々と同じになってしまいます。ここでは「何とか有意義な時間にする方法はないか」を真剣に考えましょう。将来的にやらなければならない業務を先回りして取り組む、業務上必要な情報収集に充てる、何でも良いです。嫌々付き合うだけの無為な時間を、業績・評価・自己成長等のプラスを生み出す時間に変換しましょう。人生の貴重な時間を費やすのですから、環境のせいにしてネガティブな気持ちになっているだけなんて勿体ない!

自由を貫くにはそれなりの努力と手間が必要

「キャラクター作り」も「円満な人間関係の構築」も努力と手間が必要です。特に相手が気に入らない相手であればあるほど、自分のプライドも捨てる覚悟で臨む必要も出てきます。

「そうまでしてやりたくない!」という方は、一日でも早く脱出しましょう。独立でも新天地でも、可能性は無限に広がっています。我慢している時間がもったいないですから。本当はそれが理想形です。

「文句を言うだけで何もしていなかった…」という方、これから行動すれば良いのです。脱ヘタレの好機到来です!一緒に己の中のヘタレと戦いましょう!組織を出る勇気もあれば、残る勇気もあるのです。どちらが良いかは考える必要がありますが、気づいて考えるのと気づかず考えるのとでは雲泥の差があります。

「やべぇ!デメリットを考えてなかった!」というA君タイプの方、問題ありません。優等生キャラのB君がある程度のサポートをしても「あたり前」です。逆に「え!?手伝ってくれんの!?」という普段からのギャップのあるあなたのサポートの方が印象が強く残ります。B君からすれば理不尽極まりないことですが、今まで理不尽な思いをしてきたのです、やり返してやりましょう!

まとめ

  • 組織に残るなら「付き合い残業」は正しい選択肢でもある
  • 自由を主張するには相応の努力と手間が必要
  • 環境に文句を言わず「有意義な時間」に変換しよう

最後までお読み下さり、どうもありがとうございました。

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